山西省・明らかにする会
正式名称は「山西省における日本軍性暴力の実態を明らかにし、大娘ダーニャンたちとともに歩む会」(略称:「山西省・明らかにする会」)。当初は、「中国における日本軍の性暴力の実態を明らかにし、賠償請求裁判を支援する会」としていました。大娘(ダーニャン)は山西省の言葉で「おばあさん」の意であり、日本軍戦時性暴力被害女性への尊敬をこめた呼び方です。
1992年に東京でおこなわれた戦後補償に関する国際公聴会で、中国人女性で初めて日本軍による性暴力被害を訴えた万愛花さんに出会った日本の市民を中心に、96年より中国山西省の被害女性訪問をはじめました。その後、聞き取り調査を続け、98年から始まった日本政府に対する損害賠償請求裁判を支援してきました。聞き取りの成果は『黄土の村の性暴力-大娘たちの戦争は終わらない』(石田・内田 、2004、創土社)として刊行しています。
裁判は2005年に敗訴に終わりましたが、その後も被害女性の定期訪問を続けています。「大娘医療募金」と名づけた医療費支援などを行いながら、周辺地域で被害証言の裏付けとなる聞き取り調査も続けています。近年は、日中の若い世代への教育にも力を入れています。
◆日本軍の山西省侵攻
1937年7月7日の盧溝橋事件をきっかけに本格的な中国侵略に乗り出した日本軍は、山西省にも侵攻していきました。八路軍が山岳地帯に強固な抗日根拠地を建設し、日本軍に対峙していくなかで、山西省は、否応なく日本軍の戦略上の重要地域となり、大娘たちの暮らす盂県西部にも日本軍の中隊本部が進圭社に置かれ、西煙鎮、河東村など各地に日本軍の拠点が配置されました。これらの拠点にいた日本兵によって、あらゆる戦争犯罪が行われ、その中で女性に対するむきだしの性暴力も様々な形で引き起こされていきました。
◆私たちと大娘たちとの出会い
1992年12月、東京で開催された「戦後補償に関する国際公聴会」で、万愛花さんは、中国人として初めて日本に来て自らの性暴力被害を公の場で証言しました。私たちは1996年から中国・山西省で聞きとり調査を始めましたが、その地で戦後50年にもわたり沈黙を強いられてきた被害女性たちが身を裂く思いで語ってくれた日本軍による性暴力の凄まじさに直面しました。そして大娘たちが、苦難に満ちた人生の最後に、日本政府に謝罪と賠償を求めて裁判を決意した時、これを機に「中国における日本軍の性暴力の実態を明らかにし、賠償請求裁判を支援する会」(裁判終結後に改称)を結成し、裁判の支援をしていくことにしました。私たちのいまの「山西省における日本軍性暴力の実態を明らかにし、大娘たちと共に歩む会」はここから始まったのです。
◆裁判について
1998年10月(原告10人うち遺族1名)、山西省性暴力被害者損害賠償請求訴訟を提訴。 提訴以来、来日可能な大娘7人の意見陳述と本人尋問、遺族の娘さんと当時を知る現地の男性らの証人尋問が実現しました。まさに命がけで来日された7人の大娘は、法廷でその思いの丈を証言しました。2003 年 4 月、東京地裁判決は、日本軍による加害行為を「著しく常軌を逸した卑劣な蛮行」と被害事実を全面的に認定しましたが、請求は棄却されました。高裁においても請求は棄却され、2005年11月、最高裁で敗訴が確定しました。
◆日本軍性暴力パネル展
2007年から、「山西省・明らかにする会」の関係者を中心として、被害女性の闘いを伝えるために日本軍戦時性暴力パネル展実行委員会を結成し、中国各地でパネル展を開催してきました。これまでに、山西省・武郷の八路軍紀念館、北京・盧溝橋の抗日戦争紀念館をはじめ、6か所で展示を行っています。支援してきた大娘たちはすでに全員が亡くなりましたが、お母さんの遺志を引き継いだ次世代とともにこれらの活動を行っています。
◆会の活動
*大娘たち、大娘を支え遺族となった娘さんたちとの交流*被害の背景、実態、その後の人生を明らかにする現地聞き取り調査
*日本政府に対する謝罪と賠償の要請行動
*会報「出口気」の発行(年3回~4回)
*‘大娘たちの闘いと記憶’を日中の歴史に刻む活動 ・調査記録等の出版、DVD制作 ・中国国内でのパネル展の展開 (中日の市民・団体との共同作業で) など
参考: 山西省・明らかにする会リーフレット
熱田敬子、2018「日本軍戦時性暴力/性奴隷制問題との出会い方 : ポスト「証言の時代」の運動参加」 『架橋するフェミニズム : 歴史・性・暴力』松香堂
◆年会費
3000円